ぬらりひょんの件について



少年は気がつくと見知らぬ場所にいた。

少年には過去の記憶というものが存在しなかった。
ついさっき生まれたのか、それとも記憶を失っているだけなのか。
その区別もつかなかった。

自分というものがわからない。
そのことに不安を覚えた少年は周りの人に尋ねてみることにした。

「…すいません、僕のことを知りませんか?」

少年は人を見かけしだいそう尋ねた。
しかし、それに答えるものは誰もいなかった。
それどころか、少年の存在すら気にかけていないようだった。

声が小さいのかな、と思った少年は大きな声で話しかけてみた。
しかし、誰も反応しなかった。
耳が悪いのかな、と思った少年は相手の肩を叩いてみた。
しかし、誰も反応しなかった。
僕のような得体の知れない人とは関わりたくないのかな、と思った少年は交番に行ってみた。
しかし、誰も反応しなかった。

少年は様々な手を尽くした。
しかし、反応してくれるものは誰もいなかった。

名前もなく、記憶もなく、そして他人が認めてくれる存在さえないのか。
…じゃあ僕は一体何なのだろう?

少年はとても寂しく思った。
少年は考えた。

なぜ自分の存在に気付いてくれる人がいないのか。

考え抜いた末に少年はある一つの結論に達した。

…僕は人間ではないのだ。
だから誰も気づいてくれない。
…僕はちゃんとここにいるのに。







少年は旅に出た。
自分を見つけてくれるような人を探すために。

旅をする間に色んな人々を見た。

幸せそうな家族、不幸せそうな家族、仲の良い恋人達、仲の悪い恋人達、楽しそうな人々、つまらなそうな人々…

幸せそうな人々を見たときには嬉しかったし、そうでない人々を見るときには悲しかった。

しかし、どんな人々を見るときでも、少し寂しさを感じていた。

少年は孤独だった。
友達と話したい。
家族に甘えたい。
恋人と笑いあいたい。

人間ならば持ちうるであろうどんな幸せであろうと、彼は味わうことができなかった。

少年は人間になりたかった。
誰かに気付いてもらいたかった。

ただ、幸せになりたかった。






ある日、少年は『お化け』についての噂を聞いた。

「町はずれの方にさ、古い家あるじゃん」

「あの小学生が大冒険しそうな?」

「そう、あれ。」

「あれがどうしたよ。」

「あそこに出るらしいぜ、お化け。」

「よくある話だな。」

「いや、マジだって。」

「…そろそろ病院行こうか。」

「俺の兄貴の友達の友達が見たって。」

「信憑性限りなく低いだろ、そのパターン。」


男子高校生の他愛無い世間話。
信憑性なんてあったものじゃなかったけれど、少年は期待した。
『お化け』なら、人間じゃないなら。
僕のことに気付いてくれるかもしれない。
少年を胸を躍らせながら、町はずれへと向かった。






少年は洋館の中に入った。
生活感は全くなく、それゆえに何か得体の知れないものがいるような気がした。
少年は期待しながら部屋を捜索した。

全ての部屋を見回っても、何かが居る気配はしなかった。

ここにもいなかったか。

少年はため息をつき、別の場所に行こう、と決心した。

期待が外れるのはいつものことだ。
慣れてはいる。
しかし、期待が大きかった分少年はいつもより少し、落ち込んだ。

玄関のドアを開け、外に出ようとする。

その時、何か変な感覚を覚えた。

…?

記憶が残っている時から一度も感じたことのない感覚。
しかし、どこかしら懐かしい感じがした。

少年は周りを見回した。

すると、少女が道の角から自分を見つめているのが見えた。

ああ、これが人の視線か。

少年は少し、嬉しくなった。






少女の名前は「件」というらしかった。

「人偏に牛って書いて、件。貴方は?」

「…わかんない。」

「記憶喪失?じゃあ私が名付けてあげる。
 …そうねえ。
 ぬらりひょんとかどう?」

「ぬらりひょん?」

「勝手に家に人の上がり込むのは、ぬらりひょんって昔から相場が決まってるのよ。」

「…怒ってる?」

「冗談よ。」

「…良かった。」

少年は名前と仲間を得た。

少女には名前の通り、牛の角が生えていた。
しかし、少女はとても美しかった。
少年は少女に恋をした。

少年は勇気を振り絞って提案した。

「…あの。良かったら僕もここに住んでいい?」

「いいわよ。
 部屋はあり余ってるし。
 …それに」

「それに?」

「…あたしも寂しかったの。」

少女は微笑んだ。

少年と少女は幸せにくらした。

少年は綺麗で、自分に無いものを持っている彼女が好きだった。
少女は優しくて、自分の話し相手になってくれる少年が好きだった。

二人は、とても幸せだった。

しかし、その幸せも長くは続かなかった。

ある日、少年と少女は話をしていた。

「私には、もともと家族がいたの。」

「…」

「そこはそこそこ大きな家だったんだけど、たまに私みたいのが生まれてくるらしくってね。
 まあ、そこでは結構いい扱いをされてたんだけどね。
 いかんせん自由がなくてね。
 逃げてきちゃたんだ。」

「…。」

「それで君は『件』って妖怪知ってる?」

「件って君の名前じゃないの?」

「違うよ。
 これは、私が勝手に名乗ってるだけ。
 本当は、私に名前なんてないの。」

「…じゃあさ。」

「?」

「僕が付けていい?名前。」

「嬉しいこと言うねえ。
 やっぱり君は優しいや。」

「…そうかな。」

「そうだよ。
 もうちょっと話せるかと思ったけど、もう限界が近いみたい。
 また、会えてよかった。
 …今までありがとう。」

また?
…今まで?

少年は疑問に思った。

しかし、それを聞く前に、
少女は崩れ落ちた。






少女はなかなか目を覚まさなかった。
少年は何かが引っかかっていた。

少女は何を言いたかったのだろう?

「件」ってなんなんだろう?
彼女は何を伝えようとしたんだろう。
彼女との日々をを思い出す。

懐かしいような、求めていた幸せを。


懐かしい?
少年は何かが引っかかっていた。
なにかがおかしい。



…少年は全てを思い出した。






少女は目を覚ました。
いつも道理の風景、たった一人での生活。
しかし、そこには何かが欠けているような気がして、少し寂しかった。

少年は「本当に」初めて、少女に会った時のことを思い出していた。

少年は暇つぶしに街をさまよい。

少女は自由を手に入れるために逃げていた。

偶然入った洋館で二人は出会った。

自由であるがために孤独だった少年と、
自由はなかったが家族がいたた少女。

二人は、対照的だった。
しかし、それゆえにすぐに仲良くなった。

…少女には秘密があった。
少女は「件」だったのだ。

件―牛と人間の混じった、予言をする妖怪。予言をした直後に死亡する。

少女は倒れ、目覚めなかった。

少年は必死の思いでその原因を突き止めた。

そして一つの結論に達する。

少女は予言をしそうになってるのではないか?
死にそうになっているのではないか。

少年は少女に死んで欲しくなかった。
そして、ある一つの方法を思いつく。

少年はぬらりひょんだった。

ぬらりひょん―人に近い形をした、人に気付かれず、記憶されない妖怪。

少年は少女の『件』である部分を封印しようとした。
簡単なことだ、いつも自分がやっていることを、意識的に少女にすればいいのだから。

少女から『件』であるという自覚を意識、無意識的に奪ってしまえば彼女は二度と予言をすることなど無いだろう。
少年はそう確信した。

しかし、それは同時に少年との思い出を消すことも意味していた。

少年は、たとえ自分のことが分からなくても、ただ、少女に生きていて欲しかった。

少年は少女の記憶を消し、過去を思い出さないように、自分も姿を消した。

少年は孤独に戻った。
少女に会いたくなった。
しかし、それは許されなかった。

少年は、辛さに耐えるために、自分の記憶を消した。

…これで十分だと思ったんだけどなあ。
甘かったみたいだ。
まさか、また彼女に会うことになるなんて思わなかった。
僕と暮らしたら、彼女はまた、記憶を取り戻してしまったんだろう。
全て僕の責任だ。
安易に逃げようとするから、また、彼女を苦しめてしまった。
彼女の記憶は再び消した。
だけどこれでは不十分だ。
少女がもう二度と『件』などと名乗らないで済むように、別の名前を付けよう。
そうすれば、きっと…。













少年と少女が喋っている。

「…貴方の名前は?」

「僕?僕はぬらりひょんって言うんだ。君は?」

「あたしは『件』。」

「それは君の本当の名前なのかな?」

「…違うけど。なんで知ってるの?」

「君の名前、僕がつけてもいい?」

「…いいよ。なんか君とは初めて会った気がしないんだ。」

「僕もだよ。」

「なんでだろうね?」

少年はなぜだか少し寂しそうな顔をした。

「君の名前は、『紫苑』ってのはどうかな。」

少女は首をかしげた。

「好きな花だけど…。どうしてそれにしたの?」

「『紫苑』の花言葉は『君を忘れない』なんだ。」

少女は少年に詳しく問いただそうとした。

けれども、さっきまでそこにいたはずの少年はもう、どこにもいなかった。
まるで最初から少女の他には誰もいなかったように。

「また、会えるかな…。」

少女は呟いた。






「ぬらりひょんの件について」
hetare@PCN・作
妖怪【ぬらりひょん】





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